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G1 CLIMAXが終わると、子供の夏休みも終盤


by nugueira

2010年 10月 12日 ( 1 )

PRIDE回顧録~PRIDE.14~

 久々の掲載。最近は書くネタが結構あったもので。

PRIDE.14(2001年5月27日 横浜アリーナ)

 桜庭が衝撃の敗戦に終わったPRIDE.13に続くこの大会、当の桜庭は久々の欠場。代わりにメインイベンターに抜擢されたのは藤田和之で、その相手を務めたのは当時NOAHを退団しフリーになった直後の高山善廣。
 今にして思えば総合格闘技のリングにおける「プロレスラー対決」なんてのは過渡期の産物、あるいは時代の徒花としか言い様のない代物だったと思うのだが、当時まさに「過渡期」にあったPRIDEでは勝負論はさておきこのカードにもそれなり以上の魅力が感じられた。
 まあこの「勝負論はさておき」という前置きが曲者で、試合が始まってみれば高山はさしたる見せ場もなく一本負け。もっともこの翌年に高山はドン・フライ戦で一躍商品価値を上げるわけで、PRIDE参戦という決断自体は結果として大成功だったわけだが。

 ルール面の変更として、前回から導入された4点ポジションのヒザ解禁がマイナーチェンジされ、10キロ以上の体重差がある場合は体重の軽い方がヒザを解禁するかどうかを選択できることに。この大会のヒース・ヒーリング対ビクトー・ベウフォート(これもえらい無茶のあるマッチメークだが)ではベウフォートがこのルール適用によりヒザを禁止し、判定勝利を収めた。(このルールはどちらかというと体重の軽い方が度胸あるかどうかの「踏み絵」のようになってしまい、軽い方がヒザを解禁したときに観客一同大きな拍手、というのがお約束になっていくのだが。)

 これ以外に印象に残った場面を列挙すると

・この年のKOKで準優勝したバレンタイン・オーフレイムが電撃参戦。この後のRINGS崩壊の序曲に。
・そのバレンタインも「PRIDEの番人」ことグッドリッジに完敗。アームロックを極めかけたもののグッドリッジが腕力だけで元の体勢に戻すという無茶苦茶な展開。
・KO決着必至と見られ、煽りVで「ああ、リングが壊れる・・・」というフレーズが使われたボブチャンチンVSアイブル、ボブチャンチンがまさかのチョークスリーパーで一本勝ち。
・UFCとの提携によりチャック・リデル初来日。ガイ・メッツァーをKOに下す。

 と、今振り返っても見所の多かった大会。冒頭に書いたように前年のPRIDE大ブレイクを支えた桜庭が不在ということで大会前はそれなりの不安感もあったはずなのだが、大会の内容で完全に吹き飛ばしてしまった形。
 当時の週プロ増刊号か何かで「桜庭不在でも盛り上がった今回のPRIDEは、日本人エースの佐竹頼みを脱した時期のK-1と重なって見える」という趣旨の総括がされていたのだが、桜庭と佐竹を同列に並べることの是非はともかく、「絶対的エース・桜庭を中心に据えた興行作り」というこれまでのスタイルから脱却する可能性を示した、という意味で確かにこの大会は一つの大きな転換点だったのかもしれない。

 次回はノゲイラ初参戦。人気ブログランキングへ
by nugueira | 2010-10-12 23:16 | PRIDE | Comments(0)