不定期連載の企画。これまでの回顧録はカテゴリー「PRIDE」をご参照。
PRIDE.20(2002年4月28日 横浜アリーナ) この大会のメインは「PRIDE対K-1」の対抗戦として行われたミルコ・クロコップvsヴァンダレイ・シウバ。確かK-1の大会終了後に石井館長が「我々は誰の挑戦でも受けて立ちます!PRIDE、かかって来い!」みたいなことをマイクアピールしてこの流れが出来上がったんだっけ。
2月に田村を蹴散らし「絶対王者」としてのオーラを身にまといつつあったシウバと、前年にプロレスラー・ハンターとして一気に存在感を挙げたミルコの激突は言ってみればこの時点での切り札カード。対戦決定時はYahoo!ニュースでも流れたぐらいだった。2月の大会を仕事で逃したこともありこの大会は会場観戦する気満々だったのだが、チケットぴあに行ったらA席はおろかS席も即完売。泣く泣くPPV観戦に切り替えた。
3分5R・判定決着なしというミルコvs高田戦と同様のルールで行われたこの試合は、本来1階級下のシウバ(といっても当日の体重はシウバの方が重かったけど)がスタンドでミルコと五分にわたりあう大熱戦。高いガードでミルコのハイを封じると、数度にわたってテイクダウンから上を取りパウンドを落としていく。膠着は即ブレイクがかかる特別ルールもあって決定打は奪えず試合はドロー決着となったが、PRIDEファンからすれば「シウバがPRIDEのリングを守った」という見方ができる納得の結末。
ミルコも勝ちは逃したとはいえシウバに左ミドルを叩き込んでいき、試合後シウバの脇腹にはミルコの指一本一本の形が識別できる赤い跡がくっきりと残されていた。お互いのエースが持ち味を発揮し、商品価値を落とすことなく次のストーリーへとつなげていく。PRIDE・K-1両団体にとっても損のない、「対抗戦」としては文句のつけようのない結末だった、と言っていいと思う。この年の夏のDynamite!!開催へとつながっていく両団体の蜜月は、翌年このミルコの移籍によって一気に終わりを迎えてしまうわけだが。
あとこの試合を振り返ると忘れられないのは、これによりシウバが「ヒール」から「エース」へ役割転換を果たしたという点。田村戦までは「誰がシウバを倒すか」というより「誰かにシウバを倒してほしい」というムードがファンの中にも根強かったと思うのだが、この試合では「PRIDEの代表」として外敵を迎え撃つ立場をシウバが担い、その仕事を完璧に果たしてみせた。対戦相手のミルコも2003年から翌年にかけてヒールからベビーフェースへの転向を果たした、というめぐり合わせも今になってみると面白い。
メインはこうして大成功に終わったが、一方で割りを食ってしまったのがパンクラス。前回大会終了後にパンクラスの本格参戦が発表され、パンクラス側からは「近藤vsシウバ」「美濃輪vsミルコ」といった威勢のいい要望が飛び交ったものの、当のシウバとミルコが対戦したため両方とも実現せず(とはいえ2カードとも最終的には実現したわけだが)。結局この大会では菊田vsアレクサンダー大塚というえらい中途半端なカードが組まれ、完全にPRIDE対K-1の陰に隠れてしまう構図となった。
これで菊田が快勝すればまた違ったのだろうが、終始グラウンドで優位に進めながらも一本は取れず判定勝利に終わってしまう。これに加えて試合前の契約体重を巡るイザコザ、試合後は噛みあわない両者のマイク合戦、さらに試合中の島田レフェリーにアレク側に肩入れする言動があったのではないか、などとにかく後味の悪さばかりが残る試合になってしまった。これが響いたのかどうかは分からないが、パンクラス勢のPRIDE参戦はこの後しばらく停滞することとなる。
これ以外にはノゲイラ弟のPRIDE初参戦、ニンジャがスペーヒーを下しBTTとシュートボクセの抗争激化、といった出来事があったが、もう一つ忘れてはいけないのがこの日の第1試合に山本憲尚の対戦相手としてボブ・サップが登場していること。
前年の猪木祭りの時期にWCWで同僚だったサム・グレコの引きでK-1入りしたサップはこれが日本リングデビュー戦。この時点では特に注目度が高かったわけではなく、個人的には「ああ、よくいるデカいだけで大して動けない外人ね。普通にやれば山本勝つんじゃない?」ぐらいにしか思っていなかったのだが、いざ始まってみるとサップがそのパワーで山本を圧倒、3分かからずにKO勝ちしてしまう。
このわずか半年後にサップはノゲイラ・ホーストと激闘を繰り広げ、格闘技の枠を超えた一大ムーブメントを起こすことになるわけだが、この時はそんなことになるとは予想だにしていなかった。さらに言えば10年後の今、秒殺タップを生業に世界中を転戦していることになろうとは、夢にも思っていなかった。
次回はヒョードル初登場。人気ブログランキングへ